既存の新聞が衰退していく一方で多くの人は情報を得るのにインターネットを活用しているものです。その中でも既存の新聞社が開いているウェブページは真っ先にチェックしたくなるものですが、少しそうした状況に慣れてくると新聞系のサイトが使いづらいことにすぐに気づくものです。
たとえば何らかの見出しを見てこの記事を読みたいと思ってみても、記事のすぐ下にこれ以上は購読してくれと言う文章があってそれ以上は見れないようになっているところがほとんどです。こうした状況が果たして放置されて良いのか、大いに疑問を感じるわけです。
もちろんただで他人の文章を見ようとはずうずうしいと言う意見があることは承知ですが、そもそも日常のニュースにお金を払ってまで見たいと思うようなものがどれほどあるでしょうか。大抵はちょっと興味を引かれたから覗いてみようと言うだけの話であって、お金を要求するなら別に調べるから結構だと断る人間のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。
こうした実情を考えれば、ウェブ上の新聞も基本的にはすべての記事を公開してより多くの人の読んでもらうことを第一に考えるべきです。そうでなければいずれ新聞のサイトに誰も人が来なくなるし、実際にそうなっているのが既存の新聞の本当の姿だと思われるわけです。
さらにきちんとした論評の無い情報ばかりに接していることが国民世論の形成に与える悪影響ははかりしれません。特に昨今では選挙のたびに国会内での勢力が激変することが当たり前になっていますが、これもネットで質のよくない情報ばかりに多くの国民が接していることの現れとはいえないでしょうか。
民主主義の基本は選挙民すべてがさまざまな社会問題に対してきちんとした主張を持つことですが、そのための基礎となる情報が不足しているのでは、個人の主張も偏ったものになりがちだし、ちょっとセンセーショナルな主張をするだけで多くの人がそれを支持するような状況が生まれるわけです。
それが国会運営に悪影響を与えるのは確実だし、安定した政権作りがいつになっても出来ないことの原因にもなっているのではないでしょうか。したがって新聞各社がきちんとした論評(もちろん各社で見解の相違はあるにしても)を無料で配布することが新聞の使命だと思えるわけです。
ところで記者だって霞を食べては生きていけないのだから記事にお金を要求するのは当然だと言うのも確かでしょう。しかしこれについてもあまり賛同できないのが現在の状況です。実際サイトに多くの読者が現れればサイトからの広告やアフィリエイト収入はかなりの額になるのではないでしょうか。それが国内でも有名な新聞のサイトともなればとんでもない金額になってもおかしく無いし、それで記者を養っていくことは十分に可能なはずです。
そもそもネットの新聞なら記者のほかにはサイトを管理する人間が一人居れば十分に運営が可能なはずで、それを既存の新聞社よろしく余計なことにお金をかけるから成り立たないのではないでしょうか。せっかく作った記事を公開しないというのは、そもそもネットでの収益の上げ方を根本から勘違いしているとしか思えないわけです。
ネットを良く使う人がどこから情報を得ているのか、はっきりした数字は分かりませんが、たとえば2chあたりは相当大きな影響力を持っているし、実際新聞サイトよりはるかに上なのは間違いないでしょう。ただ2chは娯楽と言う側面が強いし、実際自分が利用するときも楽しみで使うことがほとんどです。
しかしあそこに書かれている主張を頭から鵜呑みにするような人が増えることには危惧を感じざるを得ません。自分の望んだ情報しか仕入れないならその主張は当然偏ったものになるからです。そういった流れに対抗するためにもきちんとした論評を乗せた新聞サイトがフリーで出回ることが望まれるし、それが出来ないと言うならもはやネット上の新聞には何の力もないとさえ言えるのではないでしょうか。
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